どうも。コンカズ (@konkazuk) と申します。
今回は、ロンドンの都市開発に関する書籍です。
一般的にロンドンと言えば、みなさんの頭の中ではバッキンガム・パレス、ビッグベン、ハイドパークなど、中心部であるシティー・オブ・ロンドンから西のイメージが、まず浮かぶのではではないでしょうか?
そしてもともと工業地帯であった東側と言えば、すでに出来上がっている華やかな西側とは異なり、いまだに倉庫やボロボロの建物が見え隠れするダークなイメージ、いや、下手したら何のイメージも浮かばない方もいらっしゃるかもしれません。
ところが、イーストロンドンにある程度の間住んでいるのであれば、ここ15年ぐらいの地域開発の勢いは、特に意識していなくても体感できるほどのレヴェルです。
…とにかく凄まじい。
1、2年ほど足を踏み入れていなかったエリアに、久しぶりに立ち寄ってみると、まるで景色が変わってしまっているなんてことが普通に起こります。
というわけで、今回紹介するのはイーストロンドンに関して書かれたこの本。(現時点で僕の知っている限り、この書籍の日本語ヴァージョンは発売されていません。)
“Regeneration songs”
(Sounds Of Investment And Loss From East London)
written by Alberto Duman, Dan Hancox, Malcolm James and Anna Minton
イーストロンドン、特にテムズ河川より北側のエリアの開発が、どのように計画されてきたのか、舞台裏で何が起こっていたのかを知ることができる、とても興味深い内容の本です。
地元のことに無関心であった僕に、イーストロンドンで起こった出来事、政治背景、地理などの知識を一気にキャッチアップさせてくれた、素晴らしい本でもあります。
というわけで、個人的に超オススメの本です。
Gentrification
Gentrification
= 地域の高級住宅化、荒廃した市街地の復興
さっそく本の内容ですが、まず舞台となっているのは、”City of London “ よりも東側、さらにテムズ川よりも北側のエリアで、7つに分けられた ’borough’ (自治区 / 日本でいう「市」のようなもの) のうちの1つで、’Newham’ と呼ばれる区域。
’Newham’ といえば、シティ(City of London) で働くビジネスマンが、何か用事ができた際にすぐに飛び立てるように建設された “City Airport” がある ’The Royal Docks’ で知られています。
そして ’Newham’の北西部には、2012年のロンドンオリンピックの舞台となった ’Stratford’ と呼ばれる地域があり、ここから’Newham’の最南部である ’The Royal Docks’ を目指して弓状(arc) に南下した際にカバーされるエリアが
“Arc of Opportunity”
「機会ありき弓状エリア」
とされています。
そして…
この ”Opportunity” は ’Newham’ の住民のためのものではなく、上海エキスポに集まった海外の資本家のためのものであった。
という事実から話が展開されます。
その上海エキスポ にて ‘London’s Regeneration SUPERNOVA’ のタイトルで上映されたビデオでは
‘London is moving east‘
のフレーズがフィーチャーされ、ロンドンの中心は、将来的に西から東に移っていくから、今のうちに東部にある ’Newham’ というエリアに投資しておくのは賢明ですぜ、と訴えかけていたようです。
地域の高級住宅化は、このように地元のコミュニティを無視した形で、勝手に進められて行きます。
そして、この手の言い訳として政治家は、「公共セクターはもう金が無くてオワコン状態だから、家を新しく建てようと思ったら、プライベートセクターと手を組んでやっていかないと無理」なんて事を言うそうです。
ところがコレは全くのウソで、上記の上海エキスポの例のように、実際は公共セクターが対内投資のために、率先して莫大な助成金と税制優遇処置ををオファーすることによって、プライベートの開発者や海外の投資家に呼びかけているのが現実です。
工業地帯であった安い地域を都市化して、開発者を取り込んで商業的に利益を得ようとする計画は、”Placemaking” とも称され、これによって地域が開発されると家賃が上昇して、もともと住んでいた住民が追い出されていくという形に終わります。
“Placemaking” を突き進めているアメリカの著者は、”The New Localism” という本の中で、これが結果的に「住民の入れ替え」を引き起こすことを認めています。
結局のところ “Placemaking” とは、「地域」というものが単に「商品」として扱われていて、金を持った海外に住む人間がお金を投資する場所という意味でしかないということです。
この結果として ’Newham’ に60年代後半から70年代前半に建てられたモダニストの最高傑作と崇められた ‘Balfron Tower’ や ‘Robin Hood Gardens’ といった歴史的な建築物も、たくさんの住民がいたにもかかわらず、高級アパートメントに改装されたり、ぶち壊された後、海外の投資家のインベストメントによって新しい建物になったり、という状況に移り変わってきています。
1980年代には “The Royal Docks” の開発に、地元住民、地元コミュニティーのことが考慮されたアイデアが計画に含まれていたのですが、21世紀に入る頃にはそれらは揉み消され、ビジネスのチャンスがある投資エリア、世界クラスの都市としてのクオリティーを目指す開発エリアという概念に変えられてしまいました。
Section 21(=イギリスの「立ち退きの通告」の名称)をくらって、実際にしんどい経験(👉記事はこちら)をした僕としては、Part 2 の最後にフィーチャーされている対話には個人的に共感できる部分がたくさんありました。
もちろん今住んでいるところを立ち退いて、郊外に移り住めば、今より安い家賃でかなり広い所にすむことができるわけなのですが、求めているものは人によって違うので、ハッピーに移り住む事が出来る人もいれば、そうでない人もたくさんいるわけで….
それでいて、「強制的に移動させられるよりは、自分が引っ越すという選択肢があるうちに移動する方がマシだ。」というセリフは、文章で見るとヘヴィーさがリアルに伝わってきました。
都市開発と文化
アートや音楽などの文化と資本主義との関係も書かれています。
都市開発が起こると、アートを含む文化がそこで利用されるため、外部からの影響でアートの位置付け(社会的にuseful でなくてはならない)も変わってくるため、そこに摩擦が生じ、capitalist側からの圧力に順応できないアーティストは苦しむことになる、といった内容が含まれています。
「これがアートだ」という定義は、時代の変化とともに変わっていくものですが、アーティストが自分にとっての「芸術の定義」を変えられないのであれば、それで飯を食っていくことは難しくなります。
音楽に関しては、都市開発/2012年のオリンピック以前にイーストロンドンは Stratford 近辺で盛り上がっていた”grime music” がフィーチャーされています。
正直言うと、この手の音楽にはあまり興味がなかったので、これらのジャンルに “grime”という名前があることさえ知りませんでした。
逆に今回を機に、イーストロンドンアクセントに興味がある自分としては、この手のアーティストが曲の中で歌っている内容を、自然に耳で理解できるようになりたいという願望が生まれました。
ちなみに、日本語で「チリ」や「ほこり」の意味をもつ “grime” という言葉がこの手の音楽に名付けられた起源は、イーストロンドンで産業が衰退した後、職を失って貧困に陥ったエリアの住民の生活環境と関係があるようです。
「大半の grime music は、東ロンドンのホコリまみれのカウンシルフラット内で生まれた。」
「オカンは金を持っていない。みんなイラついている。こんな状態の捌け口となったのが grime music だ。」
といった内容が書かれています。
これら「grimeアーティスト」を拝見することができるYouTubeのリンクのリストが、本の中に載せられているのは親切ですね。
興味のある人のために、下にビデオを載せておきます。👇
さらに、イーストロンドン以外にも、Manchester や Sheffield (ヨークシャー南西部)など、イングランド北西部で起こった post-punk とそれ以降のミュージックシーンと、その音楽が生まれた背景の建築スタイルとの関連性についても書かれています。
ここでも、地域の住民の生活を飲みこんで進展していく都市開発/モダニズムと、それに対するフラストレーションが理解できます。
特に、開発によって当時建てられた無機質な建築スタイルが、当時の音楽スタイルにも影響を及ぼしていたようですね。
個人的には、221ページにあるこの文章
A modernism that committed itself to socially useful things – education, public housing, the National health service, rather than shopping and property speculation – is something to fight for.
「モダニズムが、裕福階層のショッピングや不動産投機ではなく、公共住宅、国民健康サービスなど、社会的に有益なもののために行われるように、戦っていかなければならない。」
に、強い印象を受けました。
逆に、一般市民の生活が考慮されていないところで行われるモダニズムの進行を放っておくと、住民は痛い目に遭うって感じですかね。
音楽とモダニズム建築物の繋がりなんて、これまで考えた事もなかったですが、1970年後半からSheffield近辺で生まれたポピュラー音楽の中には、それをたくさん聞くことができるようです。
現在までの “The Royal Docks” の歴史
19世紀を通して開発された ‘Newham’ の南部に位置する “The Royal Docks” は
ロイヤル・ヴィクトリア・ドック
ロイヤル・アルバート・ドック
キング・ジョージ4世・ドック
という名前の3つの波止場から構成されています。
20世紀半ばごろまで、Docklands はブイブイ言わせていたようなのですが、やがて複合輸送コンテナが発明され、1968年にそれがスタンダード化されると、それを運ぶためのでかい船が造られるようになり、船のサイズ上、やがてそれらの荷物が ‘Tilbury’ や ‘Gravesend’ といった、テムズ川の入り口あたりの地域で扱われるように。
するとDocklandsは衰退し、たくさんの労働者が職を失い、Docklandsの産業インフラは廃墟となっていきました。
ここに政府や開発者が目をつけるのは自然の流れとはいえますが、地域には住民とそのコミュニティ-が存在します。
保守党政権のもと、1981年に設立された “London Docklands Development Corporation (LDDC)” の圧力に対抗するため、地元のコミュニティーは、Greater London Councilと組んで、”People’s Plan for the Royal Docks” を設立しましたが、結局はうまくいかず。
Developer 側の方も、いろんなプランが出されるものの、進展はほとんどなし。
1988年に、City Airport をオープンさせますが、ここに上陸する人々は、目的地にそのまま直接向かってしまうため、Royal docks は単なる通過地点となってしまっているようです。
エリアの経済を活性化させるには、Royal Docksが人々が足を運ぶ目的地とならなければなりません。
そのためには、空港に降りた乗客をエリアに止まらせるホテルやレストランなどのアトラクションが必要とされますが、それらを開発するには、またそこで地元コミュニティーが犠牲になってしまう事になります。
the ArcelorMittal Orbit
Stratford のオリンピックパークにそびえ立つ “ArcelorMittal Orbit” は、2人のアーティスト、Anish Kapoor とCecil Balmond によって制作された巨大スカルプチャー。
この ArcelorMittal には、スカルプチャーを建てる際のスポンサーだったMittal Steel (世界一巨大な製鉄会社) の名前が含まれています。
実はこの Mittal という会社は、大気汚染をはじめとする環境破壊、ルール違反、人権無視を平気でやって退ける、なんともひどい会社らしく、60カ国を超える国家パワーとのコネクション、さらには世界中のプライベートの財政機関と繋がっているため、その力を使ってやりたい放題。
アーティスト側も、スポンサーがどんな会社かは知っていたと思われますが、もし断ったら材料は提供されなかったことでしょうし、一大イベントでこのスケールのスカルプチャーを作る機会を逃すのは、更なる名声の獲得のチャンスを棒に振ることになるので、結果的に断らない方を選択したということになりますかね。
ちなみに、Mittal の例のように、会社などが大規模なエリアの環境や、住民の生活を犠牲にしてまで、事業の拡大を進めていく様なこの行動は、”ecocide” と呼ばれているそうです。
🔹ecocide
= the mass destruction of nature by humans
(広範囲な生態破壊、環境破壊)
Vietnam, Russia, Kyrgyzstan, Kazakhstan, Tajikistan, Belarus, Georgia, Ukraine, Moldova, Armenia, Franceでは既に犯罪として取り扱われており、更にEU圏の国を含む27カ国で犯罪として含める事が検討されている。
とにかく開発の裏では、ロンドンに限らず、地元の住民の犠牲やそのコミュニティの破壊が同時に起こっていることが、痛いほど理解できます。
最後に
この本を読んで思ったのは、基本的に都市開発のような出来事は、自分の住んでいるエリアに実際に起きない限りは、単なる他人事。
ある地域に、何か新しいものが建てられても、外部に住む人達からしてみれば、「おお、なんかあそこに、あんなものができたぞ。今度行ってみよっか?」ぐらいの感覚で、その裏で何が起こっているかなんて、考えもしないのが普通だと思います。
しかしながら、この手の事情を知ることは、社会の裏で何が起こっているかを知る鍵となりますし、自分の地域に起きている出来事に関する情報を、早くから入手するための訓練にもなると思います。
というわけで、ロンドンに限らず、都市開発の裏で何が起きているのかに興味のある方は、下のリンクからこの本は購入できます。
よろしければどうぞ。👇
それではまた。
コンカズ
*この記事の英語ヴァージョンはこちらから
👉 Behind the Curtain: ‘Regeneration Songs’ Exposes Newham’s Urban Challenges