どうも。コンカズ (@konkazuk) と申します。
今回紹介する洋書は、同僚と共に『クリオダイナミクス』という分野を切り開いて活躍しているピーター・ターチンさんによって書かれた「エンド・タイムズ」です。
世界で革命が起こる原因や兆候、アメリカの「民主党」と「共和党」の歴史的な流れが、格差社会の歴史とともにわかりやすく解説された、非常に興味深い一冊です。
さらに、この書籍は2023年に出版された比較的新しいもので、トランプが大統領選で当選した背景を理解するのにも役立つ、タイムリー (と同時に深刻) な内容となっています。
興味がある方はどうぞ読み進めていってください。
「クリオダイナミクス」とは?
クリオダイナミクス(Cliodynamics) は、今世紀に入ってからピータ・ターチンさんによって提唱されたということで、かなり新しい分野。
歴史と科学を融合した新しい分野で、過去に起こった社会の流れや文明の動きを、数学的モデルや統計分析を用いて研究するものです。
つまり、革命や暴動、戦争、不平等社会といった多くの命が失われる事態が、どのようにして起こるのかを統計によって傾向を割り出すことで、それらを未然に防ぐことができるのでは?
という考え方なのですが…
クリオダイナミクスの視点から見ると、残念ながら私たちが生きているこの時代は、まさにその革命や暴動などが起こりかねない危険な時期にあると示されています。
エリート層の増えすぎ
まず、この本で頻繁に登場する “elites” という言葉ですが、ここでのエリートは「勉強ができる優等生グループ」的な意味ではなく、
「他人に影響を及ぼす力を持つ社会的な立場の人々」
を指しています。
ターチンさんは、アメリカを筆頭にエリート層が増えすぎた現代社会の状況を
“The social pyramid has grown top-heavy”
「社会のピラミッドが上に偏りすぎている」
と表現していて、この状態は過去の歴史から見ても非常に危険なカタチだと警告しています。
ここでちょっと富裕層をさらに分類する面白いボキャブラリーが出てきたので、下に載せておきます。
Decamillionaire
純資産が $10,000,000以上 (1,000万ドル = 約14億円)ある人
Centimillionaire
純資産が $100,000,000以上 (1億ドル = 約140億円)ある人
Billionaire
純資産が $1000,000,000以上 (10億ドル = 約1400億円)ある人
… で、この “Decamillionaire” なんですが、1980年代にはアメリカ人口の0.08%だったのが、2019年には0.54%にまで膨れ上がってしまったようなんです。
こうした状況が続く一方で、典型的な家庭の収入や資産はむしろ減少傾向に…!!!
こうなってくると、真ん中に存在していた中産階級が消滅し、国が
the state (国家)
the elites (エリート層)
everyone else (それ以外のすべての人々)
というカタチに分かれてしまいます。
国家が富を増やすためには、企業を成長させるために国民総生産(GDP)の一部をエリート層に向けて投じることが必要になります。
しかし、エリート層の成長ばかりに注力し続けると、最終的には一般市民から資産を吸い上げるカタチになってしまいます。
つまり、一般市民から富を奪い、それをエリート層に与えることで、エリート層はさらに裕福になる一方で、貧しい人々はますます貧しくなっていくのです。
革命・暴動が起こるまでの経過
過去の歴史的な出来事を踏まえて、現在のアメリカで革命や暴動が起こるまでの経過をたどると、次のようになります。
前に述べたように、エリート層が過剰に増加する (elite overproduction) と、権威を握る限られたポストをめぐって競争が激化し、政治的・経済的・社会的に不安定な状況が生じます。
一方で、家賃の値上げや低賃金労働、食料価格の上昇といった要因により、一般市民の収入や資産は上層に吸い取られ、経済的不平等が拡大。結果として、民衆の生活は困窮 (popular immiseration) に陥っていきます。
たとえば、学費が高すぎるためローンを組んで大学に通い、借金を抱えたまま卒業。その後、就職先が見つからず苦しい状況に追い込まれる、という現象が典型例です。
さらに、エリート層は政府からも資金を吸い上げることで国の財政状況を悪化させます。その結果、社会保障や公共サービスの削減が進み、一般市民の生活はますます厳しくなってしまうというわけです。
加えて、エリート層は国を支配することをも狙い、自分たちの資金力を使ってメディアを操ります。
耳障りの良い言葉で国民の信用を集め、最終的には政治家を追い払い、自分たちが国を治めるポストに就いてしまうのです。(ちなみに2016年に大統領に当選したドナルド・トランプは、アメリカ史上初めて、公共機関での勤務経験がないまま大統領となった人物です。)
彼らのやりたい放題に気づいた時には、時すでに遅し。
不満が最高潮に達した一般市民は、金銭的な力を持っていないため、最終的に力に訴える以外の選択肢がなくなり、結果として血にまみれた暴動や革命、戦争が発生してしまうというわけです。
今後のアメリカがどのような未来を迎えるかはまだ誰にもわかりませんが、過去には中世ヨーロッパの黒死病後の混乱(14世紀)、フランス革命(18世紀)、太平天国の乱、アメリカの南北戦争(19世紀)、ロシア革命(20世紀)、アラブの春(21世紀)など、いずれの出来事も
エリート層の過剰な増加
elite overproduction
と
民衆生活の困窮
popular immiseration
が原因で引き起こされました。
というわけで、同じような結末を迎える可能性は、現在のアメリカにも十分に考えられるのです。
ただし、アメリカでは20世紀前半にも、エリート層の過剰な増加と民衆生活の困窮が原因で各地で暴動が起こっています。しかし、この時は恐怖を感じたエリート層が、恐慌に苦しむ荒れ狂った一般市民からのシステム改革の要求を受け入れ、フランクリン・ルーズベルトがニューディール政策を発表することで危機を回避しました。
ターチンさんは、今回もエリート層が事態を認識し、一歩引き下がることで状況が丸く収まることを願い、自身の予想が外れるよう祈っています。
アメリカはどうなる?
実を言うと、僕がこの本を読み終えたタイミングが、ちょうどアメリカ選挙の結果が出た時期と重なってしまったので、正直な話、その後ショックでかなり凹みましたね。
職場でも恐らく、絶望オーラを発していたと思います。💦
アメリカは Plutocracy?
この本は、第5章あたりから学びが次々と押し寄せてきて、さらに面白くなってくるのですが、ちょっとここで出てくる用語をまとめておきたいと思います。
① Democracy(民主主義)
選挙を通じて代表者を選ぶ、国民全体が主権を持つ政治形態
② Autocracy(独裁政治)
現代の北朝鮮のように、一人の指導者が絶対的な権力を持つ政治体制
③ Anocracy(半民主独裁)
民主主義 (democracy) と独裁 (autocracy) の中間に位置する不安定な政体
④ Aristocracy(貴族政治)
貴族階級や血統に基づいて支配層が決定される政治形態
⑤ Kleptocracy(盗賊政治)
政治指導者が権力を利用して、国民や国家の資産を私的に搾取する腐敗した政治体制
⑥ Militocracy(軍事支配)
軍事クーデター後の統治によくある、軍事力を背景にした指導者が統治する政治体制
⑦ Meritocracy(能力主義)
個人の能力や実績に基づいて権力や地位が与えられる社会体制
⑧ Oligarchy(少数支配)
特定の少数の人々やグループが権力を握る政治形態
⑨ Plutocracy(富裕層支配)
経済的な富を持つ資本家が政治の実権を握る体制
“…cracy” という言葉はまだまだありますが、この本を読むうえで押さえておきたいのはこんな感じです。
資本主義社会では、もともと⑦番の「努力した分だけ見返りがある」的な Meritocracy (能力主義)が成り立っていたはずなのですが、現在は多くの国で「エリート層の過剰な増加」が起こってしまっているため、悲しいかな「努力しても報われません状態」のところが少なくないようです。
あと、⑧番と⑨番が混同されがちですが、⑧番の Oligarchy は「少数による支配」としっかり頭に入れておきましょう。(さらに⑧番の Oligarchy は、ソ連崩壊後の “Oligarch” [ソビエト連邦崩壊後、国営企業や資源を買い占めて莫大な富を得た少数の富豪] とも混合されがちなので注意が必要!)
… で、アメリカは Plutocracy の国なのか?ってことなのですが…
結論から言うと、バッチリ “Plutocracy” の国です。
ちょっと歴史をさかのぼってみますと…
1861年に始まった南北戦争で、リンカーン率いる共和党側(Union)が、奴隷を使った綿花生産で富を築いていた南部の民主党(Confederacy)を破ると、アメリカは第二次産業革命へと突入します。
この戦争で勝ったことによって、奴隷制の廃止や鉄道の敷設が進み、国家の工業化と北部中心の経済成長が加速するわけですが、ここでJ.P.モーガン(銀行家)、ジョン・D・ロックフェラー(石油王)、アンドリュー・カーネギー(鉄鋼業)のような、巨富を築いた実業家がウヨウヨと現れます。
1860年から1870年というたった10年の間に、アメリカのミリオネアは、なんと41人から545人へと膨れ上がったと記録されています。
でもって、これらの大富豪たちが、自分らにとって都合よく物事が進むように、政治家に働きかけるようになり、そのうち政府は彼らにとって「単なる道具」と化してしまうわけです。
さらに、ビジネスエリートと政治家がつるむようになって、子供たちが同じ学校に通ったり、同じクラブに所属したり、内輪で結婚することも増え.. もう完全に “Plutocracy” (富豪支配) 状態ってことになります。
この後は、先ほども説明しましたが、世界恐慌が起きたことで、労働者階級の暴動が頻発し、政府はニューディール政策を導入。
これによって、富豪たちは一歩引き下がり、Plutocracyではない時代がしばらく続いたのですが、1980年代にレーガン大統領がフリーマーケット政策を推進すると、エリート層は次第に莫大な富を築き上げ、再び経済的な不平等が拡大していきます。
2021年には、製薬、電気工学、保険関連の分野を筆頭に、約1万2千社の企業が政府に働きかけるために、合計で37億ドルもの巨額を投じたと言われています。
そして現在、トランプやイーロン・マスクのような人物が権力を握り、“Plutocracy状態“ に戻ってしまったといえます。
ここ最近までの流れと今後の展望
この本の中で、しばしば “wealth pump” 「富のポンプ」という言葉が出てきますが、これは労働者の賃金を抑えたり、税制や規制を一部の層に有利なカタチにするなどして、エリート層に富を集中させる経済構造。
簡単に言えば、「富が一般市民からエリート層に吸い上げられる仕組み」という意味となります。
アメリカが抱える21世紀の危機的な状況は、すべてこの “wealth pump” から来ているのですが、エリート層はこれを一層強固なものにするために、巨額の資金を投入して、Charles Koch、Mercer Family、Sarah Scaife、Heartland Institute などの超保守的な機関を設立して、反体制の動きを妨害するなんて手の込んだこともやってます。
また、George Soros のような人物は裁判所にまで資金を投入し、何か問題が起こった際に法的に自分たちに有利に働くようにガッチリ固めているとのこと。
さらに、労働者階級の味方だったはずの民主党は、ビル・クリントン政権下で左派寄りの立場から中道寄り(エリート層寄り)の政策へと転換しました。
これによって、労働者階級の多くは取り残されてしまい、民主党は主に富裕層、つまりアメリカ人口の上位10%のエリート層を代表する党へと変わってしまいしました。
一方で、トランプ率いる共和党はその中でも特にトップ1%の超富裕層の利益を優先しているため、実質上残りの90%の一般市民は、両党の政策の対象から外れているのが現状ということになるわけです。
このような政治的な動きはアメリカだけで起こっているわけではなく、ヨーロッパ各国でも似たような傾向が見られます。
ターチンさんの分析は、現代社会に対する単なる警告にとどまらず、未来に向けた具体的な提案を含んでいるので、多くの人が彼の本を手に取って現代の社会的危機を深く理解し、現状の行き詰まりを打開し、より良い未来を築くための道を模索するきっかけとなることを願っています。
というわけで、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
それではまた。
コンカズ
*この記事の英語ヴァージョンはこちらから
👉 How Political Elites and Inequality Could Lead to Crisis: Insights from End Times